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トランプ政権2.0にどう向き合うべきか?

トランプ大統領は4月29日、ミシガン州デトロイト郊外のコミュニティーカレッジで、大統領就任100日間の成果について、集まった支持者に対して大々的にアピールした。ミシガン州は先の大統領選挙での激戦の地で、この州の奪還が政権返り咲きの決め手になった経緯がある。もちろん、デトロイトはトランプ氏にとって、高関税をかけてでも再建を目指すべき自動車産業の中心地であり、メッセージ性の極めて強い土地柄だ。
ホワイトハウスのホームページには、100日間の業績を賛美するメッセージが議会や政権メンバーから寄せられている。不法移民の追放、カナダやグリーンランドへの過激な言動、DOGEによる公務員の大幅削減、ウクライナ、ガザ問題。リベラル寄りとして、メディアや名門大学への容赦ない攻撃。そして相互関税と称する一方的な関税政策。なるほど、100日間の活動としては、圧倒的なスピード感だ。良くも悪くも、超大国のリーダーが意思を持って決断すれば、世界を震撼させることがこれほどたやすいことかと再認識させられた。
ともあれ、世界を震撼させた2025年4月2日の「アメリカ解放の日」宣言から一ヶ月が過ぎ、多少なりとも、世界は落ち着きを取り戻しつつあるようだ。もちろんその一方で、各国、そしてビジネスリーダーは自国や自社に向けられた高関税のダメージをいかに払拭あるいは緩和するかに躍起になっている。自動車や部品に対する25%の関税や2国間貿易でのアメリカ側の赤字割合を算出根拠とする「相互関税」は、「不合理そのもの。ブーメランしてアメリカに最大のダメージをもたらすものであり、交渉カードにすぎない」「長期戦はアメリカに不利で、そのうち妥協せざるを得ない」との見方もある。実際のところ、アメリカの自動車産業復興をめざした自動車関税の導入では、GM、フォードのダメージが大きく、トランプ関税は「今日の世界的サプライチェーンの現状を無視したもので、政策的に的外れ」との批判が出るのも無理からぬところだ。
少なくとも、自由主義側の国で教育を受けたものであれば、関税の引き下げで、より自由化を図り、自由貿易の拡大を促進することこそが「平和と経済発展のための基本中の基本施策」と教えられており、自由主義陣営のリーダーであったはずのアメリカが、ここまで極端な保護主義に陥ってしまったことは大変な誤算となった。大恐慌の時代にアメリカが1930年のスムート・ホーリー法で先陣を切った世界的な高関税と保護主義政策のスパイラルがその後の大戦の惨禍へ至った反省としての自由貿易体制(ブレトン・ウッズ/GATT)であったはずなのだが。
一連の極端な対外通商政策に対して批判的な声が高まっているのは当然の成り行きだが、「どうせ交渉カードだからすぐに撤回される」と軽く考えるのは危険だ。トランプ政権2.0は、単なる思いつき、人気取りでこれらの政策を打ち出してきているのではない。まずは、高関税政策の裏側にあるアメリカの置かれた状況への強い危機感があることを理解する必要がある。
そこで、押さえておくべきは現スティーブン・ミラン大統領経済諮問委員会 (CEA)委員長が就任前に発表した”A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System”と題された報告書だ。個人的な見解との但し書きはあるものの、発表のタイミング(2024年11月)から判断しても、ミラン氏の強固な信念に基づく政策提言であること明らかである。実際、トランプ政権2.0の高関税政策はこのガイドラインでの主張の延長線上にあることに疑いない。そして、主張の多くは、一般的な自由貿易信奉者には簡単には受け入れがたいものである。


まず、トランプ政権2.0の幹部においてアメリカの現状が危機的であるとの共通認識が底流にあることは疑いがない。具体的には、1,急速に悪化財政赤字、2,巨額の貿易赤字と裏合わせである米国製造業の衰退であろう。最新の政府債務残高のGDP比率は日本の255%は別格としても、2024年にはイタリアの135%にせまる124%という高率で、この水準は第2次世界対戦で最高率であった1945年の119%を上回るものだ。
これに比べて、日本の呑気さが際立つ。曰く「日本国債は日本人が保有しているから問題ない」「政府は十分な資産があり、これとのバランスで見ても問題ない」と。残念ながら、この前提には、「日本人は日本政府をどこまでも信用しており、価格が暴落しても投げ売りしない」。「政府は保有する資産を売りたいときに簿価以上の価格で売ることができる」という虚構を前提にしている。一方、トランプ政権は現状の財政赤字のレベルは危機的だと認識しており、これが、イーロン・マスクのDOGEによる強力なリストラ断行政策につながっている。財政赤字の拡大が、ローマ帝国など歴代大国衰退の主要原因とする興味深い指摘もある(“Balance: The Economics of Great Powers from Ancient Rome to Modern America”, Glenn Hubbard and Tim Kane, 2013)
また、貿易赤字に関しては、「アメリカはソフトウェアやアプリの課金で巨額の黒字を得ているではないか」という反論がある。(実際にはソフトの黒字で貿易赤字をカバーできていないが)また、「貿易赤字、経常赤字があったとして、基軸通貨である以上、なんの問題もない。現に、他国から人材、投資を集め、最大の経済的繁栄を得ているではないか」など。たしかにそのとおりだ。それは、ミラン氏も認めている。
が、その結果として、富国強兵の基盤であった、鉄や造船などの製造業では完全に東アジア諸国、とりわけ仮想敵国の中国に遅れを取ってしまった。例えば、かつて鉄は国家なりと言われた粗鋼生産では中国の生産が10億トンを超えるのに対し、8千万トンで1割にも満たず、自動車の生産台数では3000万台対1000万台、販売台数でも3000万対1600万台と差が広がってきている。もはや世界一の自動車大国は中国である。造船業は更に悲惨で、もはやアメリカでは商業用造船は壊滅しており、軍事用製造に限られている状況だ。中国との製造量力差は200倍とも言われている。

かつて、強力な工業力を背景にした軍事生産能力と物量作戦で日本やドイツを圧倒したアメリカである。工業力の衰退がどういう意味を持つのか分からないはずはない。貿易赤字そのこと以上に、輸入依存体質がもたらす、製造業の衰退、産業の空洞化と、その帰結としての大国からの転落の現実味を深刻に受け止めている。だから、「基軸通貨国として貿易赤字は許容すべきであり、それこそがアメリカの高度な消費文化と繁栄をもたらしている」という指摘に納得することはない。逆に、ドルの基軸通貨としてのベネフィットよりも、各国がドル資産を保有することによる恒常的なドル高が米国製造業者に対する負荷となり、競争力を著しく低下させることになった。それがアメリカ産業の衰退に直結し、また財政赤字を拡大させているとの認識だ。
そして、このための処方となるのが、関税、通貨レート調整、貿易と安全保障の一体化。
一連の高関税は、この文脈で理解される必要がある。この処方箋の恐ろしいところは、2国間、多国間の合意がなくても、アメリカが一方的に取りうる措置がいろいろ取り揃えられていることだ。「そのうちに妥協するだろうという」、時間稼ぎ戦略が奏功するとは思えない。
そこで、日本側の対応はとなるが、貿易不均衡問題で長期にわたってアメリカと一番激しくやり合ってきたのが日本である。ある意味では、今回のドランプ政権2.0の極端な関税政策を招いたのは、これまでの日本側の対応がベストなものでなかったことの証左であるかもしれない。しかも、日本自体が30年間の経済的敗北を記録し続けていたのに、である。1980年代の日米自動車摩擦を経験した日本企業は、円高の時代を迎えて、安い生産地を求めて、中国から東南アジアへ生産拠点を広げた。いつの時代でも、いかに安く作ってアメリカで売るかが収益の中心線であった。同じことを、韓国、台湾、中国、ベトナム、タイ、インドまでがやりだして、アメリカの製造業は完全に空洞化した。他方、日本に残ったのは強い自動車産業だけになってしまった。

これまでの、2回の日米交渉ではドル円レートや、安全保障の話は出ていないということだが、出ないはずはないし、日米交渉ではむしろ中心議題になるだろう。アメリカ側が、相当なリスクを背負いながらも根本的な通商政策の見直し、さらには世界とのエンゲージメントのあり方の再構築を求めているのである。日本側もこれに真剣に応じるべきだし、いつでも黒船が来ないと変われない日本、そのため30年間デフレで先進国最貧国になった日本にとっては変化の最後のチャンスでもある。
はっきりしていることは、アメリカ以上に、日本の状況がよほど深刻であるということだ。GDP比でアメリカの倍以上に膨れ上がった政府債務、非友好的な核保有国に囲まれた安全保障所の脆弱性、そしてなにより、少子化で国力そのものの衰退が確実視されている。そんな中でも、これも何十年前から分かりきっている「コメ政策の破綻」を前にしてあまりにも無策な日本社会の現状にあらためて驚かされます。